さかい医院 院長
堺 浩之(さかい ひろゆき)
平成6年3月
東海大学医学部医学科卒業
平成12年3月
東海大学大学院医学研究科内科系専攻博士課程卒業
平成12年4月
医療法人社団公仁会大和成和病院循環器科勤務
平成13年4月
宗教法人寒川神社寒川病院内科勤務
平成17年9月
川崎市中原区に「さかい医院」開業
■主な出演番組 <ヒートショック関連>
スーパーニュース[FNN]、NEWS アンサー[TV TOKYO]、朝ズバ[TBS]、ひつじオオカミ[FNN] など多数
ヒートショックとは、温度の急激な変化により、血圧が大きく上下することなどで引き起こされる健康被害のことを意味します。失神をはじめ、心筋梗塞、不整脈、脳梗塞などで、 特に冬場に発症し、死に至るケースも少なくありません。また起こるのは浴室、浴槽が最も多く、高齢者に多いのも特徴です。
平成25年度の人口動態の統計でも、不慮の溺死及び溺水で亡くなった方が7,512人となり、交通事故で亡くなった6,055人を大きく上回っています。
さらに、浴槽での溺死および溺水で亡くなる方は、65歳以上の高齢者の割合が圧倒に多く(平成25年人口動態統計より作図)、その大半はヒートショック関連の死亡と見られています。
統計では「ヒートショック」という言葉は使われていませんが、実際ヒートショックが原因で亡くなった方は2001年度には1万7000人いたと推測されています。
昨今は、自動車の高性能化などもあって交通事故は近年減る傾向にあるのに対し、くつろげる場所である家、それも疲れを癒し、ほっとできるお風呂でなくなる人が多いというのは大変悲惨な状況だと思います。
さらに、不慮の溺死および溺水は、寒さが厳しくなる12月から3月までの4か月の間に、年間の約50%が起こっています。なぜなら家の中の温度差が大変大きくなるためです。
夏と冬の入浴条件について、浴室・脱衣室の気温と浴槽の温度を比べると、夏は脱衣所が25℃でお湯の温度は38℃で温度差が13度なのに対し、冬は脱衣所が10℃、お湯の温度は42℃となり、
温度差は実に32度となっています。圧倒的に冬の室温と湯温の温度差が大きいのかがわかります。
一般的にヒートショックによる死亡は、温度差が10℃以上あるときに起こりやすくなっています。
ヒートショックのほとんどは入浴中に発生しています。暖かい居間と、暖房設備のない廊下、あるいは脱衣所などの温度差が大きいためです。
家族が集まる居間は温かいです。ところがお風呂に入ろうとすると、ヒンヤリした廊下を通り、暖房器具がない脱衣所へ行きます。間取りによって異なりますが、
浴室は一番北側で寒いところにある家が多く、脱衣所や浴室は10℃以下になることもあります。しかも外気温に近いような場所で洋服を脱ぎ、裸で体を洗います。
このとき、体は、表面の温度が一気に下がり、寒冷刺激によって血管が縮まります。すると血圧は急激に上がるので、これが心筋梗塞や脳卒中を起こす原因になると考えられます。
それで終わりではありません。
さらに体を洗った後、温まるために湯船に入ります。すると縮まっていた血管が、湯温で温められて広がるので、今度は血圧が急降下します。
直前までぐんぐん上がっていた血圧が浴槽に入ってどーんと落ちる。この状態はほぼジェットコースターです。このような急激な血圧低下が原因で、失神してしまい溺死してしまうというわけです。
お風呂から上がって、脱衣所に出たときも、また肌の表面の温度は急に下がって血圧は上がります。服を着ると、今度はまた温かくなって血管が広がり、血圧が下がります。いかに血圧の上がり下がりが激しいことか。 実際、冬場のお風呂に入るというのはあまりいいことではないのです。ですから、昔の「おじいちゃんを一番風呂に」という習慣は、殺人行為とも言えるほど怖いものです。
現在になってようやく住環境に注目が集まってきたのは高齢化社会のためでしょう。昔は寿命が短かったですし、それ以外の病気で亡くなる方もいたので、ヒートショックが原因になる死亡は目立たなかったのかも知れません。
なお、ヒートショックによる健康被害では、高齢者の方が多くなっていますが、高血圧や糖尿病など持病を抱えている人にも起こりやすくなっているので注意が必要です。
実際、ヒートショックが原因で亡くなる場合は即死の状態が多いと思います。血圧の乱昇降で脳出血を起こしたり、心臓が止まってしまうため、もう症状が現れた段階で身動き出来ず、 人を呼ぶこともできません。中には、シャワーがジャージャー流れ続ける音や、ガタガタッといつもと違う音がするなどして、家族が異変と気づき、駆けつけて助かったという話も聞きますが、 浴槽の中で溺死しているのを発見されるというのが多数です。
まずは家中の温度差をなくすことです。
暖房がきいている居間と、外気温に近い浴室のように、温度差があればあるほど危険度は高まるので、家の中の温度差をなくすようにしましょう。
寒暖の差がなくなれば、体への負担が軽くなるので、ヒートショックを受ける可能性は低くなります。
外気温が低い冬は、いろいろなところから熱が逃げてしまいます。特に、熱の約5割が窓から出て行ってしまうので、窓の断熱をするのが第1段階でしょう。部屋にカーテンを引くのはその一例です。
カーテンで十分断熱できないときは、窓やサッシを変えたり、断熱フィルムを貼ったりするのも一案です。ドアや、床、換気口、電気の隙間があれば熱が逃げるので、そうした部分を埋めることも必要です。
断熱に最も効果的なのは、家を断熱材で全部囲ってしまうことでしょう。こうすると家の中が魔法びんのようになり、外気温に左右されなくなります。家の中の温度は一定になるので、 2階に行こうが1階にいようが、隣の部屋に行こうが、お風呂やトイレに行こうが温度が一定で、歩き回るのも非常に楽ですし、ヒートショックの危険はぐんと下がります。こうなると、こたつにみかん、という状態はいらなくなりますね。
しかし、全部つぶしてしまうと、今度はシックハウスの問題が浮上します。そこで必要になるのは換気です。換気ができていないと、よどんだ空気が家にとどまってしまうので、常に最良の状態に保てる24時間換気があるとよいでしょう。
また湿度も大切です。乾燥していると、人はより寒さを感じますから、家の中の湿度を保つように心がけたいものです。加湿器を使えば、これからの季節はインフルエンザの対策にもなります。 湿度が30%を下まわるとウィルスの増殖が増えてくるので40%前後を目安にすると良いでしょう。逆に湿度を上げすぎても、今度は結露が起こりダニなどの問題が発生するので、適正な湿度を保てるようにしましょう。
実を言うと、日本の住環境は世界でも劣悪な国のひとつです。45歳以上の溺死者数はなんと日本が世界でワーストワン。これは浴室の浴室暖房の充実度に関係があります。 ドイツやイタリアなどのヨーロッパ各国では90%以上の家庭で浴室暖房があると言われていますが、日本では30%以下の家庭にしか浴室暖房がないのです。
古い日本家屋の浴室は、家の中でも最も寒い北にあり、タイル張りで、大きな窓があり、追い焚きできる風呂釜がある。それに湯船が高くて入りづらいというお風呂もあります。
また、昔ながらのご家庭では、お風呂が入ったら一番風呂はおじいちゃん、というのがありますね。年配を敬うのは素晴らしい習慣ですが、実は殺人に近い怖さがあります。
私自身、自分の家を建てようと思ったとき、多くの住宅を見ましたが、家の中の温度差をなくすことに注力している住宅メーカーさんはほとんどありませんでした。
自分でいろいろ調べてみて、初めて「温度差」のことを知ったくらいですから。結局、私の家は床暖房にしました。おかげで部屋と部屋の温度差はほとんどなく、ドアを閉める必要がありません。寒くないのですから。
その頃から、私は家の中の温度差をなくしたほうがいいと言い続けてきました。ようやく最近は、温度差をなくす断熱性や気密性が高い家が注目を集めるようになりました。
特に30代、40代の若い方には、家を建てるときに、その家の30年間後のことを考えてみてほしいと思います。
30年後、30代の人なら60代に、40歳の人なら70代になります。
もう高齢者ですね。そのときに温度差のない家に住んでいることで、体にかかる負担はまったく違ってきます。高い保険に入るよりも、断熱性、気密性が高く、温度差がない住環境を整える方が断然よいと私は思います。
時間やお金がかかる建て替えやリフォームの前に、ヒートショックを予防するためにすぐできることもあります。